若槻千夏さんが、news zeroの特番「zero選挙2019新時代の大問題」において、教師の時間外対応に対して以下のように発言をされたそうです。
コメンテーターの一人として出演した若槻は、「何かあったらどうするのか。18時以降対応しないで、もし子どもが帰ってこなかったらどうする」などと教師に反論。教師は「それは学校の役目ではなく、たとえば万引きがあったら警察の役目、他に何かあっても親の役目と思う」と意見を述べるも、若槻は「寂しい。もし子どもが帰ってこなければ心配になってさがすが、見つからなかったら学校に電話する。(時間外なら)それも対応してくれないってことですね」と疑問を呈した。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190722-00010000-wordleaf-ent
この発言が大きく取り上げられたことからその後若槻さんは以下のようなコメントを発表されています。
「この度は、自分の発言により、先生や先生に関わる方々、また視聴者の皆様に大変不快な思いをさせてしまう内容に至ってしまいました。軽はずみな発言を反省しています」
「『先生の負担を増やしたい』、『先生に過重労働をして欲しい』、『先生に自分の子供の責任をおしつける』という意味ではまったくない。」
「毎日ご一緒する先生方のとの繋がりが、子供達や保護者にとっての安心のよりどころになっている事もあり、そこをきっぱり割り切ってしまわれるというお話に対して、一個人として、悲しさを覚えてしまったのは事実です。ただ、このような発言が、過重労働で大変な思いをされている先生方の心や身体の負担に繋がり、そのようなプレッシャーから先生になりたい方が減少してしまうという日本の『教師』という職業の現実問題と大変さを改めて痛感しました」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190722-00010000-wordleaf-ent&p=2
まず、この投稿は若槻千夏さんの人格を否定したり、芸能活動のありかたを否定したりする意図をもって書いている訳ではないことをお伝えします。このような発言を契機に、教員と保護者との関係がよりよいものになることを願って書いています。同時に、教員の現状の一部をお伝えできたらと思っています。現状をお伝えすることと併せて、若槻千夏さんと同様の発言を、もし自分が関与している生徒の保護者から言われたら、どのように思うのかを想像してみたいと思います。
若槻さんの発言が生じる背景に関する考察
時間外でも進んで生徒のために時間を費やせる先生がいらっしゃる
今も昔も生徒のために勤務時間を越えて働いてくださる先生が一定数いらっしゃると思います。そもそも、子供のために何かがしたい、子供が好きだ、という感情をもって教員になっていらっしゃる方が非常に多いと思います。小学校や中学校の先生になられる方は特にこの傾向が強いと思います。
2016年2月にHATOプロジェクト・教員の魅力プロジェクトによって発表された「教員の仕事と意識に関する調査」によると、小学校と中学校の先生については、「教員になりたいと思った理由」の第1位が「子どもが好きだから」となっています(以下の資料の図5-2参照)。
https://www.aichi-edu.ac.jp/center/hato/mt_files/p4_teacher_image_2_160512.pdf
この「子どもが好きだ」という動機が、時間外労働であっても子供のために時間を使うという原動力となっている可能性があります。
自分が出会ってきた先生によって先生像が作られる
若槻さんが今までどのような先生と出会ってきたのかは分かりませんが、もし若槻さんが今までお世話になってきた先生が上記のように子供に対して無制限に時間を費やせるタイプの先生だったとすると、そのような先生が一般的な先生像として彼女に認知されている可能性があります。また、実際に教わっていない先生であっても、ドラマや映画に出てくる先生をあたかも自分が教わった先生のように認識して、実存しない先生の特徴から先生像が形成される可能性もあるかもしれません。もちろん、これは若槻さんに限らないことですし、私自身もそのようにして先生像が形成されているように思えます。
小学校、中学校、高等学校と進む中で、生徒一人が出会うであろう先生はおそらく100人から200人の間ぐらいじゃないかと推測されます。一方で、文部科学省の資料によると、平成17年5月1日時点での教員数は、小学校で416,833人、中学校で248,694人、高等学校で251,408人となっており、合計すると916,935人になります。
出典 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1337051.htm
900,000人を超える先生のうち出会うのは多くとも200人と全体の約0.02%です。このわずか約0.02%の先生方の特徴によって各個人の先生像が作られている可能性があるのです。
自分がもつ先生像と異なる特徴をもつ先生には意見を言いたくなる
もし、自分が時間外でも生徒のためならば何時間でも働くという先生方に教えられてきており、そのような先生が理想の先生であると思っているのならば、「時間外だから私は生徒を探しにいかない。」と言った先生に対して「寂しい。」と発言してしまってもおかしくはないと思います。
ただ、ぜひとも認識していただきたいのは、自分が知っている先生というのは極めて少数の先生であり、全ての先生が同じように行動できるわけではないということです。
勤務時間外の労働に関する法律的な根拠
私は教育法の専門家ではないので、誤った解釈となっている可能性があります。もし、誤りがありましたらご指摘いただければ幸いです。
国立・私立学校と公立学校とでは教員の立場は異なる
国立・私立学校は民間企業扱いなので、労働組合等との書面による協定(いわゆる三六協定)に基づき時間外勤務を命じることができます。また、時間外勤務には時間外勤務手当が支給されるようです。この場合、18時以降に子供が行方不明になってということで保護者からの相談を受けた教員は合法的な時間外の勤務として仕事ができるように思えます。
一方、公立学校は民間企業ではありません。公立学校に勤務する先生の職務は、文科省のウェブサイトで以下のように定められています。
「職務」は、「校務」のうち職員に与えられて果たすべき任務・担当する役割である(具体的には、児童生徒の教育のほか、教務、生徒指導又は会計等の事務、あるいは時間外勤務としての非常災害時における業務等がある。)。
「校務」とは、学校の仕事全体を指すものであり、学校の仕事全体とは、学校がその目的である教育事業を遂行するため必要とされるすべての仕事であって、その具体的な範囲は、1教育課程に基づく学習指導などの教育活動に関する面、2学校の施設設備、教材教具に関する面、3文書作成処理や人事管理事務や会計事務などの学校の内部事務に関する面、4教育委員会などの行政機関やPTA、社会教育団体など各種団体との連絡調整などの渉外に関する面等がある。
なお、職務の遂行中又はそれに付随する行為の際の負傷は、公務上の災害として補償が行われる。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/031/siryo/06111414/003.htm
また、給特法第5条による読替後の労基法第33条第3項に記載されている「原則として公務のために臨時の必要がある場合に時間外勤務を命じることはできないが、限定された場合に時間外勤務を命じることができる。」という法律に従うことになるようです。
時間外勤務を命じることができる場合は政令で定める基準に従い条例で定められており、政令の基準: いわゆる「超勤4項目」(1生徒の実習、2学校行事、3職員会議、4非常災害、児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合等)に該当する場合には、時間外勤務を命じることができるようです。子供がいなくなり18時以降に保護者からの相談を受けた場合が、「4非常災害、児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合等」に該当するかどうかによって、法律によって定められた時間外の勤務となるのかどうかが決まるように思えます。
教員の労働環境を踏まえた場合の現実的な対応
教員の肉体面での労働環境
ベネッセ総合研究所の調査によると、勤務時間は長時間化しており、学校にいる時間は小・中・高校教員のいずれも11時間30分以上だそうです。この勤務時間は、私の勤務経験を踏まえても、妥当な時間という感じがします。
https://berd.benesse.jp/up_images/research/Sido_SYOTYU_05.pdf
また、OECDが行ったTALIS 2018 によると、日本の小中学校教員の1週間当たりの仕事時間は最長だそうです。なお、 この調査に参加したのは、加盟国等48か国・地域(初等教育は15か国・地域)となっています。
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2019/06/19/1418199_1.pdf
このことから日本で働いている教員はこれ以上業務を増やせない現状にあることがわかります。
教員の精神面での労働環境
ベネッセの教育情報サイトによると、新任教員の退職理由として精神疾患が多くなっていることが示されています。
また、少し古い資料ですが、以下の資料の10ページに、精神疾患の患者数の業種間比較が示されています。それによると、「平成20年までの10年間の精神疾患患者数の伸びは1.58倍であるが、同期間の教員の精神疾患による休職者数の伸びは2.84倍」となっています。
以上のことから、教員は他業種と比較しても精神的に負担がかかっている職種である可能性が高いことが推測されます。
私がこの発言を直接言われたら
「寂しい。もし子どもが帰ってこなければ心配になってさがすが、見つからなかったら学校に電話する。(時間外なら)それも対応してくれないってことですね。」と言われたら、次のように回答すると思います。
「申し訳ないですが、対応することはできません。確かに、私にとっても生徒のことは大切ですし、何かお力になりたいと強く思っています。しかし、私自身も平日12時間以上働き、休日は部活で休むことができず、心身共に限界に近い状態で毎日勤務をしております。これ以上の業務を増やすことはできないのです。教員側の事情も察していただけるとありがたいです。繰り返しますが、お子様が大切ではないと言いたいのではありません。その点は誤解しないでください。」
このように断ると思いますが断ったあとに罪悪感を感じると思います。大切な生徒が行方不明になっているのに、協力をしないのは教員として正しい行動ではないのではないか、というような気持になると思うからです。結局、「寂しい。もし子どもが帰ってこなければ心配になってさがすが、見つからなかったら学校に電話する。(時間外なら)それも対応してくれないってことですね。」言われてしまった時点で、対応するにせよ、断るにせよ、なんらかの負荷が私にはかかることになります。
そのため、学校側として、入学の段階で「時間外の対応は難しい。」ということを保護者と生徒に伝えてもらうという形をとってもらったほうが、私としては働きやすいように思えます。